黄斑部疾患と鍼灸治療
黄斑部疾患
黄斑とは網膜の中でも物を視るうえで特に重要な場所で、この場所には物の形や色などを識別する視細胞が集中して存在しています。
この黄斑部のさらに中心部に光が収束することで、私たちは見ようとしているものをはっきりと認識することができるのです。
この黄斑部に障害が起きると、視力低下、変視症(見ようとする物が歪んで見える)、中心暗点など特徴的な症状が出現します。
患者さんからは「パソコンのExcelの画面や表が歪んで見えづらい」「障子の格子が曲がって見える」といった訴えを耳にします。
当院で施術する患者さんのなかで頻度の高い黄斑部疾患は、やはり視覚障害の原疾患の第4位である黄斑変性(加齢黄斑変性、特発性脈絡膜新生血管、近視性黄斑症など)です。
黄斑変性
黄斑変性は網膜の中心部である黄斑部が障害を受け、見ようとする部分が見えにくくなる眼疾患です。もともと欧米で多く見られていた眼疾患ですが、近年日本で増加傾向にあり、QoL(生活の質)を著しく低下させます。
そのなかでも加齢黄斑変性については、久山スタディと呼ばれる疫学研究によると50歳以上の人口における有病率は0.87%で、原因はまだはっきりしていませんが、強度近視や精神ストレス、喫煙、加齢などの関与が指摘されています。
加齢黄斑変性は大きく2つのタイプに分けられます。1つは滲出型加齢黄斑変性(wet type)、もうひとつは萎縮型加齢黄斑変性(dry type)。日本では滲出型のほうが多くみられます。
滲出型加齢黄斑変性は網膜黄斑部に浮腫や新生血管、出血などが生じるタイプのもので、日本ではこちらのほうが多く見られます。
現在は黄斑の断面図を画像化できる「光干渉断層計(OCT)」という機械があります。それにより黄斑部がどのような変化を起こしているのかを詳しく観察できるので、加齢黄斑変性の診断や治療効果の確認に大きく役立っています。
滲出型加齢黄斑変性の治療は主に①サプリメントの摂取、②光凝固療法(新生血管が中心窩から離れている場合に限る)、③光線力学療法、④抗血管新生薬(抗VEGF抗体)の硝子体内注射があり、 最も多く用いられているのが抗血管新生薬(抗VEGF抗体)の硝子体内注射です。
抗VEGF抗体にはペガプタニブナトリウム(マグジェン®)、ラニビズマブ(ルセンティス®)、アフリベルセプト(アイリーア®)の3種があります。
抗VEGF抗体の硝子体内注射により新生血管は速やかに退縮し、黄斑部の浮腫や出血も改善されます。ただし、これは加齢黄斑変性を根本的に治癒させるのではなく、あくまでも対症療法であるため、発症を繰り返すケースでは反復投与が不可欠となってきます。
また、抗VEGF抗体は薬価がとても高く、2019年の時点では1瓶あたり138653円となっています。3割負担の患者さんだと1回の投与で約42000円の負担となります。 ここに診察費や検査費なども加重されるため、患者さんへの経済的負担が大きくなってしまいます。
当院では眼科で黄斑変性と診断された患者さんに鍼灸治療を行っております。その中には抗VEGF抗体の硝子体内注射を受けている患者さんもいらっしゃるのですが、 鍼灸治療を行うことで視力や変視症の改善に加え、抗VEGF抗体の硝子体内注射の頻度が減る、あるいは休薬するケースも認められています。 西洋医学は抗VEGF抗体のように対症療法を得意とする一方、鍼や漢方薬といった東洋医学は黄斑変性を発症しにくくする「体質改善」の面で力を発揮するという特徴があります。 双方を併用しつつ、徐々に西洋医学の治療の頻度を減らすことを目的とすることが黄斑変性の克服に有用であると考えています。
黄斑部疾患に対する鍼灸治療
黄斑変性と診断された症例に対する鍼灸治療
患者:40代女性 職業:事務職
主訴:左眼で物をみるとぼやける・歪む・右眼と比べ全体的に暗い
初診:X年4月
現病歴
X-3年頃に左眼の見づらさを自覚し、近医眼科を受診。
X-2年2月、市民病院で中心性漿液性脈絡網膜症と診断され、経過観察。
同年10月、症状が悪化したため大学病院を紹介されて受診し、そこで黄斑変性と診断。抗VEGF抗体の硝子体内注射を受ける。
X-1年2月に2回目の注射。
X-1年10月に3回目の注射。
このあと、視力低下や変視症は改善し、網膜の状態も正常化した。
ところがX年4月中旬、突然視界の中心にぼやける感じ・暗さを自覚。OCTにて黄斑部の隆起を指摘された。
抗VEGF抗体の硝子体内注射は金銭的な負担が大きく、これ以上の注射は避けたいと考え、鍼灸治療を希望し来院された。
鍼灸治療前後における黄斑部OCTの変化
治療を開始してから約4か月後には黄斑部の浮腫が消失し、それに伴い歪みもほぼ自覚しなくなりました。
本症例の患者さんは現在、2~3週間に1階の頻度で鍼灸治療を継続しています。1度だけ再発をみたものののすぐに改善し、その後は再発も認められず良好な経過をたどっています。
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黄斑変性による視力低下、変視症、中心暗点は中医眼科では「視瞻昏渺」という病気の範疇に属すると考えます。
黄斑変性は滲出型と萎縮型に大別されます。
滲出型のものは新生血管の出現やそこからの滲出による浮腫、出血などが認められることから中医学的には2つの病理を想定します。
1つ目は瘀血。新生血管が出現するのは正常な血管の血流が乏しくなり、不足した血流を補おうとすることによるものです。
新生血管の発生メカニズムを聞くだけだと眼のために良いのでは、と思うのですが、実はこの新生血管は血管の壁がとても脆く、とても出血しやすいという性質があります。
そして出血による光の遮断や、血液の鉄分による視細胞へのダメージなどデメリットのほうが圧倒的に多く、非常に厄介なものです。
この新生血管の発生やそれによる出血を東洋医学では「瘀血」として捉えます。黄斑変性で出現する各種眼症状はこの瘀血によるものであり、瘀血を解消することが視機能を回復させるうえで極めて重要となってきます。
一方で瘀血は二次病理であり、背景には瘀血を生じさせる病理があります。これを一次病理と言います。そこで、瘀血を解消するには単に瘀血だけに焦点を当てるのではなく、一次病理にも目を向ける必要があります。
一次病理としては主に肝鬱、脾気虚、腎精不足が挙げられます。それぞれの特徴は表に記載されていますが、これらは3つが完全に分離できるものではありません。それぞれの要素が入り混じって発症するケースが殆どで、3臓それぞれがどの程度関与しているかを見極めることが治療を成功させるために不可欠であると感じています。
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